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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)70715号 判決

原告 亜東開発株式会社

右代表者代表取締役 陳潤棋

右訴訟代理人弁護士 関根俊太郎

同 小池健治

被告 株式会社中国宮殿

右代表者代表取締役 富岡秀雄

右訴訟代理人弁護士 長谷部茂吉

同 大井勅紀

同 若山保宣

同 大高満範

同 松原護

主文

原告と被告間の東京地方裁判所昭和五二年(手ワ)第三九六一号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和五三年九月一日言い渡した手形判決及び仮執行宣言を認可する。

原告の損害賠償の請求中、右手形判決主文第一項の金額を超える部分を棄却する。

異議申立後の訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

一  当事者が求めた裁判

1  原告

被告は原告に対し金三億円及びこれに対する昭和五二年一一月五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行宣言につき担保を供することを条件とする旨の申立。

《以下事実省略》

理由

第一  手形金請求について

一  原告が本件手形を所持していること及びこれを満期に支払場所に支払のため呈示したことは、当事者間に争いがない。

二  被告が本件手形を振り出したとの原告の主張につき検討する。

1  本件手形である甲第一号証の一の振出人欄における被告の記名、捺印が被告の印章によってなされたものであることは、被告の認めるところであるから、反証がない限り、右捺印は被告の意思に基づいてなされたものであると推定すべきところ、後記のとおりその反証があったとすることは困難であり、かえって、《証拠省略》によれば、本件手形は、当時被告の代表取締役であった徐康道が昭和五一年五月二一日頃、被告の経理部長小河和夫に命じて被告の手形用紙の振出人欄に被告の記名印及び銀行取引印を押捺させ、金額欄にチェックライターで金額を打刻させ、振出日欄に右同日付のゴム印を押捺させたうえ、徐康道みずから又は他の社員において受取人欄に原告の記名印を押捺することにより、満期欄白地の約束手形として作成されたものと認められる。

2  もっとも、小河証言によると、被告の手形発行帳には本件手形の振出についての記載がないこと、本件手形の耳には本件手形の記載とは異なった記載があり、かつ、その備考欄には本件手形とは別の手形の番号欄が貼付されていること、本件手形における印紙の貼付位置が本来のそれからずれており消印もされていないこと、徐康道が被告の代表取締役を退任したのち、後任の代表取締役らとの間で、簿外で発行した手形の決済方法につき協議した際、本件手形についての言及がなかったことなど、被告が本件手形が偽造であることの根拠として主張する諸事実の存在が認められる。

しかしながら、徐康道が被告の代表取締役に在任中に数多くの手形を簿外で発行していたことは被告の自認するところであるほか、本件手形の耳の記載等に関する疑問点も単に経理担当者の過誤に基づくものにすぎないと解されないではないし、印紙の点も、小河証言によれば、通常の交換決済を予定しない手形については印紙の貼用ないし消印を省略することがあったと認められるところであり(本件手形が、必ずしも交換決済されるとは限らないものとして振り出されたことは、後記のとおりである。)また、徐康道が後任の代表取締役らに本件手形の振出についての事務引継をしなかった点に疑問の余地はあるが、《証拠省略》によれば、被告の代表取締役の交代に際し、徐康道の不在中に社長室の金庫を破壊して代表者印を取り出すなどの強引な方法がとられ事務引継も必ずしも円満裡に行われなかったと窺われ、かつ、簿外発行手形の決済方法についての協議は小河和夫の作成した簿外発行手形一覧表に基づいて行われたのであるが、小河証言によれば、小河は本件手形については既に原・被告間で解決がついていると考えてこれを右一覧表に記載しなかったというのであって、右証言も措信できないものではなく、被告主張にかかる上記の各事実は、いずれも前認定事実の反証として十分とは言い難い。なお、《証拠省略》によれば、本件手形の金額欄の数字及び記号は、被告振出の手形の写である乙第二二号証の一ないし一〇(この点は《証拠省略》により明らかである。)のそれとは異なるチェックライターを用いて打刻されたことが認められるが、小河証言によれば、当時被告の経理課にはチェックライターが少くとも二個以上あったことが認められるから、右の点も本件手形が偽造であることの決め手となるものではない。

3  上記認定の事実及び《証拠省略》によると、けっきょく、本件手形は、徐康道が被告代表取締役に在任中にその権限に基づいて、満期を白地として作成し、その満期については受取人である原告に補充権を与えてこれを原告に交付し(現実に原告側の何人が交付を受け保管していたかは詳かではなく、徐康道がこれを所持していた可能性もありうるが、そうであったとしても、被告も認めるとおり徐康道は原告の取締役を兼ねていたのであるから、原告への交付行為を肯認することができる。)、もってその振出をなしたものであり、その後、後記のとおり本件不動産が競落された後になって原告において右補充権に基づいて満期欄を補充したものと認めるに十分である。

三  被告は、本件手形の振出がいわゆる自己取引に当たるから、商法二六五条に違反し無効であると主張するので、判断する。

1  被告が本件手形を振り出した昭和五一年五月二一日頃、徐康道が被告の代表取締役であったことは、当事者間に争いがなく、また、当時、徐康道が原告の取締役であったことは前認定のとおりである。被告は、徐康道が原告の代表取締役であったと主張し、《証拠省略》によれば会社登記簿上は当時の原告の代表取締役は徐康道と表示されていたことが窺われる。しかし、《証拠省略》によれば、原告会社においては昭和五一年四月二八日代表取締役に陳潤棋が就任し、徐康道は代表取締役の地位を退いていたのであるが、手続の簡略化等の便宜上、同年一二月一日に至ってその旨の登記を経由したことが認められ、右の代表者の交代が仮装のものであるとの事実は認めるに足りない。そうして、商法二六五条の適用の関係においては、取引の一方の会社の代表取締役が相手方である会社の代表取締役を兼ねているかどうかは、登記簿上の記載によってではなく、真実その地位にあったかどうかで決せられると解すべきであるから、本件手形振出の当時、徐康道が原告の代表取締役を兼ねていたことを前提とする被告の主張は失当である。

2  被告は、仮に徐康道が当時原告の代表取締役を退任し単なる取締役にすぎなかったとしても、原告は実質上徐康道個人に等しいか、ないしは徐康道が原告の実質上の代表取締役の地位を有していたと主張する。

なるほど、商法二六五条は、取締役又はその代表する第三者と会社との間に利害相反があるとみられる取引について、取締役会の承認を要することとして会社の利益を保護するための規定であると解されるから、徐康道が原告の代表者であるかどうかないし徐康道が原告そのものといえるかどうかは、事の実質に即して決するのが同条の立法趣旨に副う所以であると考えられる。と同時に、このことは、他面においては、当該の取引行為が会社になんらの利害の得失を生じない場合にあっては、これにつき取締役会の承認を経なくとも、これを無効としなければならない理由はないことを意味するのであるが、ここにおいても、当該取引行為を実質的に観察して会社に損失を生ずる場合かどうかを判定すべきであると解するのが相当である。

そうして、原告は、本件手形の振出をその原因関係との関連において実質的に見るときは、被告の取締役会の承認を要しない場合に当たると主張していると解されるので、この点を検討するに、本件手形振出の原因関係についての当裁判所の認定は後述のとおりであり、その認定事実によれば、本件手形の振出は、被告に新たな債務ないし損失を負わせるものでないばかりでなく、これをその原因関係との総合的視角から実質的に見るときは、被告は本件手形の振出について負う支払義務(その金額も後述する。)と同等又はこれを越える利益をその対価として原告から供与されているというべきであり、けっきょく、被告の取締役会の承認があったかどうかに関係なく、本件手形の振出行為は有効であると解すべきである。

四  被告は、本件手形の振出につき原因関係が欠けているか、ないしは、その原因関係に基づく支払義務は被告主張の限度に止まると主張するので、検討する。

1  昭和五〇年八月頃、被告が協和から金三億円を借り受けるにつき、被告及び協和が原告に対し原告所有の本件不動産を担保として提供することを求めたので、原告はこれを承諾して同年同月二二日協和のため本件不動産につき極度額を三億円とする根抵当権を設定し、このため被告が協和から同月二三日金二億円、同年九月九日金一億円の合計金三億円を借り入れることができたこと、その後、被告の経営を実際上支配するに至った協和が同五一年一二月二一日本件不動産に対し任意競売の申立を行い、同五二年一〇月四日本件不動産が代金二億九七三三万円で競落され、協和が金一億〇九七五万九二八〇円の配当金を受領したことは、当事者間に争いがない。

2  右事実と、《証拠省略》を総合すると、(一) 被告は昭和四九年暮に徐康道が中心となって設立した会社で、同五〇年五月頃から中華料理店の経営を始めたが、当初から自己資金が乏しく協和その他から資金の融通を受けていたものの資金繰りが苦しく、同年八、九月頃にもさらに協和から相当額の融資を仰ぐ必要に迫られていたこと、(二) しかし、被告には右融資の担保がなく、原告に対して本件不動産の担保提供を依頼するほかなかったが、原告が右依頼を承諾して本件不動産につき協和のため極度額を三億円とする根抵当権を設定した当時、本件不動産には既に極度額合計一億八六〇〇万円に上る二口の先順位の根抵当権が設定されていたこと、(三) 原告が本件不動産による担保提供に応じたため、被告は協和から合計金三億円の融資を仰ぐことができたのであるが、当時、徐康道は原告及び被告の両会社の代表取締役を兼ねており、被告が右のように協和から金銭を借り入れることについては原告と被告の利害が一致していたのであり、原告は当時右担保提供につき被告から何らの見返りも徴しなかったこと、(四) ところが、その後、被告の経営状態がさらに悪化し、協和の被告に対する金融措置も次第に厳しくなってきたこと、(五) 一方、徐康道は、被告の経営に専念する必要上からも、原告の代表取締役を兼務することをやめ、陳潤棋にその地位を譲ったが、これに伴い、原告としては被告との間で本件不動産の担保提供に関する契約関係を明確にする必要を感ずるようになったこと、(六) そこで、被告の代表取締役であった徐康道は昭和五一年五月二一日原告に対し物件借用証(甲第七号証の一)を差し入れ、原告が本件不動産について前記の担保提供をしてくれたことの見返り保証として被告から原告に対し本件手形を振り出し交付する、被告は原告に対し本件不動産についての右根抵当権をその被担保債権の弁済期の経過後である同五二年三月三一日までに抹消する、万一被告がこれに違約した場合は原告から本件手形の支払請求を受けても異議はない、旨を約したこと、(七) 右約定に基づいて被告から原告に対し本件手形が振り出し交付されたが、当時、被告としては、協和に対する債務を弁済して本件不動産を原告に返還することが可能であると考えていたのであり、また原告としても被告が約定期限に本件不動産を返還してくれるものと予測していたので、原告及び被告ともに本件手形を交換決済するに至ることはまずあるまいと考えていたけれども、原告としては万一本件不動産につき担保権が実行されてその所有権を失うような事態となったときは、被告に対して本件手形の決済を求めてその損害を填補するほかはないと考え被告から満期についての白地補充権の付与を受けたこと、(八) 本件手形の振出・交付がなされた当時の両当事者の認識が右のようなものであったため、その手形金額を一応本件不動産についての根抵当権の極度額と同額と記載したものの、被告が前記約定に違約した場合に確定的に金三億円を被告から原告に支払うというまでの意思決定がなされていたわけではなく、万一協和から根抵当権を実行されて原告が本件不動産の所有権を失う場合には、その極度額の範囲内で、かつ、原告が物上保証人として被告に対して取得する求償権の範囲でその支払の責に任ずれば足りるとの認識があったにすぎないこと、(九) 協和が上記のとおり本件不動産につき任意競売を申し立て、昭和五二年一〇月四日本件不動産が競落され、協和は金一億〇九七五万九二八〇円の配当金を受領したこと、以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

3  右認定事実によれば、被告が原告に対して本件手形を振り出し、原告がこれを受領したのは、原告が被告の委託に応じて本件不動産につき協和のため極度額三億円の根抵当権を設定したことにつき、事後的にではあるが、その見返り保証の趣旨によるもの、換言すれば、原告が右根抵当権の実行によって本件不動産の所有権を失った場合に被告に対して取得すべき求償権を担保するためのものにほかならないというべきであり、この点を主張する被告の仮定抗弁は理由がある。

したがって、本件手形振出につき原因関係が欠けている旨の被告の主張は失当であるが、原告の本件手形金請求については、被告は前認定の金一億〇九七五万九二八〇円及びこれに対する本件手形の満期である昭和五二年一一月五日から完済までの手形法所定年六分の割合による利息の限度でその支払の責に任じなければならず、これを超える原告の右請求は理由がない。

第二  原因関係に基づく請求について

一  原告は、手形金請求と並列的に原因関係に基づく請求を追加したが、手形金請求についてはその一部のみを認容することとしたので、これを超える金額の請求については、なお原因関係に基づく請求につき判断を要する。

二  原告は、本件手形振出の原因関係として、その主張の担保返還契約についての金三億円の損害賠償額の予定ないし右契約の債務不履行の場合の損害賠償の約定をいうのであるが、これに副うかの徐康道の証言が採用できないことは既に認定したとおりであり、また前記甲第七号証の一が作成された趣旨・経緯についても先に説示したところであり、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、原告が本件不動産の所有権を失ったことにより前認定の金一億〇九七五万九二八〇円を超える損害を蒙ったとしても、右超過分の金員支払請求を認容することはできない。そうして、本件手形振出の原因関係は既に認定したとおりであるが、右認定事実は原告が原因関係につき予備的に主張しているところと実質において同趣旨であり、その金額も同一であるから、けっきょく、手形金請求とは別個に原因関係上の請求を認容する余地はないことに帰する。

第三  なお、被告が本件第一七回口頭弁論期日においてした主張につき検討するに、右は本訴の最終口頭弁論期日において、本件不動産が任意競売により競落されるまで原告の所有であったとの従前の当事者双方の主張事実とは相反する主張として陳述され、かつ、その事実の立証のためにはさらに人証の取調べを要するというものであって、ひっきょう、故意又は重大な過失により時機におくれて提出した攻撃防禦方法であり、その主張を許すときは訴訟の完結を遅延させることが明らかであるから、民訴法一三九条に従い却下することとする。

第四  以上のとおりで、原告の本訴手形金請求は前記第一の四の3に説示した限度で理由があるが、その余は理由がないと判断すべきであり、これと同旨の原手形判決主文第一、二項及び訴訟費用の裁判並びに原告の勝訴部分についての仮執行宣言は相当であるからこれを認可し、損害賠償請求中右手形判決主文第一項の金額を超える部分は理由がないから棄却することとし、異議申立後の訴訟費用の負担につき民訴法四五八条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 市瀬健人 村上博信)

〈以下省略〉

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